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2011/03/01

あるジャム屋の話

美味しいジャムをいただいたとき。
自分でコトコトとジャムを煮るとき。
必ず思い出すお話があります。
安房直子さんの【あるジャム屋の話】です。 
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若いころから、人づきあいのへたな私でした。
大学を卒業して、一流といわれる会社に就職しましたものの、ほんの一年でやめました。
やめて、故郷に帰って、しばらくごろごろしていたとき、ジャムのことを思いついたのです。
あのときは、庭のあんずが鈴なりでしてね、父親が冗談まじりに、
「おまえ、仕事がないんなら、このあんずみんな売ってこい」
といったのが、ことのはじまりでした。私は寝ころがって、ぼんやり庭を見ていました。すると、うしろで母の声がしました。
「ことしは、あんずのあたり年でねぇ、ジャムをいくらつくっても、つくりきれないよ」
このときふっと、私の胸に、ジャムの煮える、あのなんともいえないいいにおいがうかんできたのです。子どものころから母は、庭のあんずでジャムを煮ていました。
あまずっぱいゆげのたちのぼる、大きななべをかきまぜる役目は、いつも私でした。
「どうせ売るなら、ジャムにして売ったら?」
と、私はつぶやきました。
そしてこのとき、自分で自分のことばにはっとして、とびおきたのです。ああ、あのとき、夜明けのようなものが、私の胸にひろがりました。
「よし、ひとつぼくがやってみるよ!」
私は、庭へとびだしていって、あんずをあつめました。そして、かごいっぱいのあんずをかかえて、台所へかけこみました。
「母さん、大きななべはどこ?それから砂糖は?」
いま思えば、これが私の新しい仕事のはじまりでした。
 
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こんな風に物語ははじまります。
主人公の"ぼく"はこの後【ジャムの森野屋】という屋号をきめて森の中に建てた小屋の中でジャムを作ります。
町の食料品店へジャムを売り込みに行きますが、内気な性格のためかうまく売り込むことができなくて落ち込んでしまいます。
そんなある夜、小屋へ戻ってみると一匹の美しい牝鹿が"ぼく"の椅子にこしかけていて。

「テーブルの上には、私の皿と私のティーカップ。そして、皿の上には白いパンがひときれのっていて、そのパンの上には、私のつくったいちごジャムがたっぷりとのせられていました。そのジャムを、鹿は、いかにもおいしそうに食べているのです。
目を細めて色をながめ、鼻をふくらませて香りを楽しみ、それから、何をしたと思います?
鹿は、パンの上のジャムをひとさじすくいあげて、ゆげのあがっているティーカップの中におとしたのです。
(ロシア紅茶!)
私は、すっかりうれしくなりました。私のジャムを紅茶に入れて飲んでくれるひとがいるなんて・・・。」

この続きはぜひ本でお楽しみください♪
安房直子さんの描く世界の食べ物は、いつもキラキラとみずみずしくて、ほろほろとあたたかくて。
動物たちや異界のものたちもどこか共感がもてて、近く感じてしまいます。 
当店の図書コーナーにもおいてあります。
見つけられないときはお気軽にスタッフまでおたずねください♪
 
本日もご覧いただきましてありがとうございます。