カフェモンサンルー

2011/10/04

情緒と日本人

震災後変わったことのひとつに
"自分が日本人である"
ということを強く感じるようになったことがあります。
いろんな方々のお話をうかがったり、本を読んだりする中で、
自分が「どうして国歌を歌うときにちいさな罪悪感のようなものがあるのだろう」
「どうして日本の旗を家の前に掲げるのがためらわれるのだろう」
と気づきました。
記憶をたどると、これはもう私が生まれたころには世間にあった風潮なのではないかと思いました。
テレビや新聞、教育などにより入った情報が知らず知らずのうちに自分にそのような罪悪感を抱かせるようなシステムになっていたのかもしれません。
モヤモヤしていたところ、この本に出会いました。
すこし抜粋させていただきます。
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私は個人とはその人固有のメロディーのようなものだと思っているのですが、別にその人にはその人の基調の心の色どりというものがあると思います。それと日本民族の心の色どりとが一致している人を純日本人といい、純日本人の全体を日本民族と呼んでいるのです。国籍は問うところではありません。
日本民族固有の色どりを日本的情緒と呼んでいるのですが、これができあがるためには、どんなに少なく見積もっても十万年、おそらくは三十万年以上もかかっただろうと思います。私たち日本民族は、もろともに地球上を幾回りしたことでしょうか。   『月影』」
「人と人との間にはよく情が通じ、人と自然の間にもよく情が通じます。これが日本人です。   『岡潔集第五巻』」
「人の心をわたし情緒という言葉を使ってます。情緒が形に現れる。人は情緒を形に現わして生きている、その情緒が形に現れるとき、喜びを感じる。それが生きがいです。真善美、みなそうです。   『一葉舟』」
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心から深く共感するお話が、たくさん載っています。
この本の著者、世界的数学者である岡潔さんが亡くなられてから30年になるそうです。
今、あちらからこちらをながめていらっしゃる岡さんは、なんとおっしゃるのか聞いてみたいと思いました。
 
【情緒と日本人】
岡潔(著)
PHP研究所 1000円(税別)
 
本日もご覧いただきましてありがとうございます。
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