カフェモンサンルー

2012/02/16

コントロールから自由になる

うまくいえないのですが
やはり自分の人生のハンドルを握るのは自分でなくてはならず
荷物が重いでしょう、と貼り付いた笑顔で親切を装ったものに荷物を預けてしまったら、気づいたときに荷物ごとまったく違う目的地に連れて行かれてしまうかもしれなくて。
よーく相手を見る。
大切な友人が言っていた「髪の毛一本分の違和感でも感じたらやめること。」
たしかに。
相手の目の透明さを確認、相手の言葉の美しさを確認、相手のまわりにあるもののセンスも確認。(光ではないものたちは、目の色は狡猾で、言葉は汚く濁り脅したりする、身の回りのものがどこかチグハグで。まわりの空気がどこか暗い。グレーのモヤモヤ。そんな人にみてもらった人もそのグレーのモヤモヤが身にくっついてしまう。話をしているだけで顔にベッタリとモヤモヤが付くときもある。獣のような匂いをまとっているものもある。)
特殊と言われる目には見えない世界を感じる能力を持っていたとしても、人格が高潔とは限らず信用に値するかは疑問のときもある。なにから情報を得ているかは普通の人にはわからないので。
ハンドルは常に自分が持ちながら、直感を研ぎ澄まし波長を高く保ち、迷子になったときには美しいものや人からメッセージを受け取り参考にしながら、道を曲がるかまっすぐ行くか、止まるか、は、やはり自分の人生なので肚を決めて自分で決めなければいけない。
死にゆくときには一人で逝かなければならないのだ。
本当に本当にすごい人達は、それもわかっているから、人のハンドルを奪おうとしたり、荷物をやたら持とうと親切なフリをしたりしない。高額なお金も取らない(高額なお金を取ることはもっと大変な負債を魂が抱え込むのを知っているはず)
本当にすごい人達は背中をそっと押してくれたり、ゆっくり休む時間を大切に思って共感してくれたりする。(そして、そんな人達は、人工的ではない芳香がする。)
未来は自分が知っているのだ。
本当は。
まずは自分を信じることから。
落ちていても必ず上がるときが来る。自ら上がるチカラがあると信じる。
自ら光を放て!と言い聞かせながら。
カフェモンサンルー