数学者の岡潔さんの随想集から
深い思索、先賢の智を
ひとつひとつ取り上げまとめた本。
大津市での事件をうけ、
やるせない気持ちになり岡潔氏の文章に触れたくなりました。
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私は個人とはその人固有のメロディのようなものだと思っているのですが、別にその人にはその人の基調の心の色どりというものがあると思います。それと日本民族の心の色どりとが一致している人を純日本人といい、純日本人の全体を日本民族と呼んでいるのです。
国籍は問うところではありません。
日本民族固有の色どりを日本的情緒と呼んでいるのですが、これができあがるためには、どんなに少なく見積もっても十万年、おそらくは三十万年以上もかかっただろうと思います。
私たち日本民族は、もろともに地球上を幾回りしたことでしょうか。
【月影】
フランスのジイドは「無償の行為」ということをいっている。これはこのくにの善行と似ているようだが、大分違う。このくにの善行は「少しも打算、分別の入らない行為」のことであって、無償かどうかをも分別しないのである。
このような打算も分別もはいらない行為のさいに働いているもの、それが純粋直観である。これはまたこのくにの昔からのいい方では真智といわれる。ただ智力といってもよい。
【春宵十話】
目を少し時間的にひろく走らせてみよう。
まず眼前に人類自滅の危機がある。これは生存競争が文明の内容であることと、すでに恐るべき破壊力、たとえば水爆を持っていることとから来る。
情の民族であり、真我の民族である日本民族は、立ち上がってこれを救わなければならない。
【一葉舟】
情緒がよくわかるように教育するとどういう利益があるかを、一つだけここで言っておこう。情緒がよく見えるようになると、自分の今の心の色どりがすぐにわかるから、いやな心はすぐ除き捨てるようになる。これは実に「念の異を覚する大菩薩の戒」の守り方である。それが一般の人たちに容易に実践できるようになる。そうなるとどんなによいだろうとお思いになりませんか。
【紫の火花】
どうもいまの教育は思いやりの心を育てるのを抜いているのではあるまいか。そう思ってみると、最近の青少年の犯罪の特徴がいかにも無慈悲なことにあると気づく。これはやはり動物性の芽を早く伸ばしたせいだと思う。学問にしても、そんな頭は決して学問には向かない。
【春宵十話】
くにがこどもたちに被教育の義務を課し、それを三十年続けてひどく失敗すれば、そのくには滅びてしまうだろう。ところでこのくにでは最近概算十年、新学制の下に義務教育の卒業生を出したが、これは明らかに大変な失敗である。顔つきまで変わってしまうほどに動物性がはいってしまい、大自然から人の真情に射す純粋直観の日光は深海の底のようにうすくされているからである。
【春宵十話】
ここに一人の非行少年があると思ってほしい。これを治すことがどんなにむずかしくても、治せるかどうかわからなくても、ぜひ治さなければならない。めいめいが勝手なまねをしてよいというのではなく、だれ一人として踏みにじられることのないようにというのが民主主義の本義なのだから。
なるべく親たちと先生の手で治してほしい。一人を治してみて、どんなに治しにくいか、実際にわかったら、そして人々がそれを聞き知ったら、それを重ねていくうちに、だんだんいまのように心を軽視しないようになるだろう。
だれ一人踏みにじられることのないようにという建前で教育をやっていこうとすれば、もっともっと先生の数を増やさなければならないのではないか。今の二倍プラスXにしてほしい。子供たちの心を大切にする先生に限るのはいうまでもない。
【春風夏雨】
以上、『情緒と日本人』岡潔/著
PHP研究所 定価1000円(税別)
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岡潔氏は1978年に亡くなられています。
随想集はどれも1960年代に書かれたものですが、今なお色褪せることなく、さらに真の輝きをもって私たちに訴えるようです。
岡潔氏は生前情操教育において「漫画的なものを見せないこと」と憤りをあらわにされていましたが、
いまの漫画には、日本人の情緒を巧みにあらわした素晴らしいものもあるので、ぜひ読んでみて欲しかったと思いました。
奇しくも本日は「マンガの日」。
本日もご覧いただきましてありがとうございました。
長い文章にお付き合いいただきましてありがとうございます。
明日も和やかに穏やかに、よい一日となりますように。