カフェモンサンルー

2018/01/04

この時期になると思い出すこと

ニュースに、ある女の子のツィートが
記事になっていました。
「この時期になると思い出すこと」というツィートでした。
家族で親戚の集まりに行ったとき、
姉妹だった女の子が
親戚のおじさんに容姿を姉妹間で比べられたり、バカにしたりされて
非常に傷ついた話でした。
何年たっても、辛いそうです。
自分で自分をそのように思わなければよいじゃない、という方もいるかもしれませんが、
この記事にはもっと深い問題があるなーと思いました。
女の子がおじさんにからかわれたり、失礼なことを言われていたとき、
その女の子のご両親は何をしていたのか?
ということです。
まわりに合わせて一緒に笑っていたのか、
そそくさと逃げていたのか、
毅然とした態度でおじさんたちを一喝してくれたのか。
その女の子のいたたまれなさを思うと
苦しくなります。

親戚のおじさんに、私が子どものころ、男の子じゃないというだけで、
まるで居ないかのように扱われた記憶を思い出しました。男の子だけにお菓子を上げたり、声をかけたり。
悲しかったなあ。

大人の精神の成熟度がわかります。情けない。
恥をかかされた子どもは、その場にどんな顔をして立っていたらよいのでしょう。

もし、そんな現場にあったら、
空気がしらけるとか、そんな忖度じゃなくて、
子どもの気持ちを一番に想像してみてほしい。

容姿だけではなく、部活や成績や通っている学校についても、
大人が自分の未熟さから、持て余した不愉快さを
身近の子どもに失礼なことを言うことで解消しようとしたり、
笑いものにしたりするおじさん、おばさんは、
本当に情けないし、
それを許している傍観しているまわりの大人も共犯者だ。

そんな了見の狭いバカな大人に
傷つけられたままでいなくてよいよ。
悔しいけどね。
そんな可哀想なバカな大人より
幸せになろう!幸せな大人になって見返してやろう。
幸せっていうのは自分で自分の気持ちを満ち足りる状態にできること。
いつかそんな日も来るんだよね。
そんな日には、そんなことあったっけ?と思うんだよね。

バカな発言をする大人は
孤独な老後になるよ。
孤独というのは気持ちが満ち足りないこと。
誰も近寄らないよ、傷つけられたくないもの。

因果応報。
カフェモンサンルー