カフェモンサンルー

2014/10/20

活力小球

「晴れた日の日中。
空を見上げ、眼の力を抜いて空中を眺めると
無数の光のきらめきが見えてくる。
それはぐるぐる回りながら乱舞しているようだ。」
ウィルヘルム・ライヒ 生涯と業績/マイロン・シャラフ より


小さい頃から、空にある光の粒たちを眺めながら
あれは何なんだろう?
と思っていました。

人に話せば、
気のせいだよ、
眼の中のゴミじゃない?
と言われていました。

眼の中のゴミもわかります。ときどきありますよね。
でもそれとは違うんですよね。

そのうち、見える人と見えない人がいるらしいとわかりました。
別に見えなくても不便はないですし、
見えている人を声高に批判する必要もないでしょうね。

ただ、ぼんやりと空を眺めて、
近いような遠いような
一つの光りの粒が現れて消えるまでぐるぐる舞って一秒から二秒あるかないかの
それが空一面にある様子を見ていると、
体に不思議な元気がわいてくるのです。
ライヒはその光りに「オルゴン」と名付けたようですが、
気、とか、プラーナとか、フォトンとか、光子とか、エーテルとか、
そんな呼び名を好む方々もいらっしゃいます。
見える人も、見えない人も、
青空を見ると元気になるのは、
その力をもらっているからなのではないかしらん。
青空だけではなく、室内での灯りの中にも見えるときがあります。
見えないだけで、私たちはその光の粒の中で生活しているのかもしれないですね。

メモでした。

追記:現代医学では「ブルーフィールド内視現象」と呼ばれ、白血球が見えているのだと説明されています。
それとこれが同じ物なのかは確認できないですが、白血球だとしたもユニークな現象ですね。さらに解明が進んでゆくのだと思います。
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